みんな勘違いしてるけど有吉弘行は“いい人”ではないだろ

みなさんは有吉弘行についてどう思うだろうか?

「毒舌キャラだけど裏ではやさしい」
こんな声をよく耳にする。

そのたびに私は思う。
そんなことないだろ。

断言しよう。
有吉弘行はいいひとではない。

それでは、有吉がいい人ではない理由を紹介しよう。

有吉弘行のいい人エピソード

そもそも、なぜ有吉は人格者だと思われているのだろうか。

“有吉=いいひと派“の意見はこうだ。

テレビでの毒舌は笑いのためのモノであり悪意はない、本当は相手想いの優しい人だ。

前半部分は分かる。
有吉の毒舌は笑いのためにあり、本心からの悪口ではないだろう。

分かるよ…

でも…

後半はおかしくない?

有吉は相手のために毒舌を吐いているわけではない。
あくまでも自分が面白いことを言うため、自分が売れるために芸をしているだけだ。

それがなんで“いいひと”につながるの?

有吉は自分のスタイルのボケをしているだけだ。
そのボケの途中で人をいじる。

その後でフォローしているなんて話は聞いたことない。
「おもしろいこと」をしているだけで、「いいこと」はまったくしていない。

だったら募金やら寄付やらしている“アグネス・チャン”のほうがいいひとじゃない?

だがしかし!
現実ではアグネス・チャンは嫌われ、有吉は愛される。

どうして有吉は人間性までも過大に評価されるのだろうか?

有吉の人格が評価される理由

そもそも“いいひと”とはなんだろうか?

やさしいひと?

相手のことを考えて厳しいことも言ってくれる人?

様々な解釈があるが結局はこうだ。
“いいひと“ = ”自分に利益をもたらしてくれる人”

つまり、おもしろくいじってくれる有吉を芸能人たちは愛するということだろうか?

問題はそんなに単純ではない。

有吉と共演する芸能人からすればそうかもしれないが、テレビを見ている視聴者からの評価には繋がらない。

視聴者が有吉を評価する理由はなぜか?

笑いを提供する有吉に対して好意を持つために、盲目的に人格まで評価しているのだろうか?

だとしたら島田紳助があれほど嫌われた理由が説明つかない。

有吉が好かれる理由は面白さにプラスして視聴者が仲間だと錯覚したことだと思う。

人間には絶対に嫌いなものがある。
生理的に無理な存在が。

それを攻撃してくれる存在を仲間だと思い込むのではないだろうか。

また、有吉は一貫して善い行いをしない。

人はあまのじゃくだから、悪い人はいい面を見ようする。
逆に良く見える人には悪い面を探そうとするのだろう。

おわりに

なんかとっちらかった分になってしまった…

まあなんやかんやで芸能界で大物になった有吉は人格もいいのかもしれないね…

有吉の誘い笑いだけで面白いし。